香りで思い出がよみがえるのはなぜ?|感情と記憶の研究から読む、懐かしさの体験

みかんの皮の香りをきっかけに、懐かしい時間を思い浮かべる女性のイメージ

ある香りに触れた瞬間、昔の台所や旅先の部屋が、気分ごと思い浮かぶ。写真を見返すのとは少し違う、そんな体験をしたことはありませんか。

この「香りとともに思い出す」という現象を、感情の評価や脳画像で調べた研究があります。何を比べ、どのような結果が報告されたのか。二つの研究から、懐かしさの体験を見ていきましょう。

研究で扱う「自伝的記憶」とは

自伝的記憶は、自分が経験した出来事に関する記憶です。休日に訪れた場所、誰かと過ごした時間、日々の暮らしの一場面。ここで取り上げる研究は、こうした記憶を思い出すときの感情や、出来事に戻ったように感じる体験に注目しています。

研究の問いを「香りをきっかけに思い出した記憶は、どう感じられるか」と捉えると、実験の組み立ても読みやすくなります。

2002年:匂いのある条件で、より感情的な記憶が報告された

HerzとSchoolerは、言葉の手がかりで先に記憶を思い出してもらい、その後に匂いまたは視覚的な手がかりを提示する方法で比較しました。

結果として、匂いのある条件で思い出した記憶は、同じ手がかりを画像や言葉で示した条件よりも、感情の強さが有意に高く評価されました。また、元の出来事へ戻ったように感じる傾向も報告されています。出典:Herz・Schooler(2002)の論文抄録。

この研究の面白さは、匂いを提示してから何かを思い出させるだけでなく、先に取り出した記憶に感覚の手がかりを加える順番を使ったことです。香りと一緒に記憶を感じ直す体験に、焦点が当たっています。

旅先の写真、貝殻、ラベンダーを思い出の箱のそばに置いた窓辺
景色や香りが思い出の手がかりになる様子を描いたイメージ(AI生成)。研究で使われた資料や実験写真ではありません。

2004年:個人的に意味のある香りと、脳の反応を比べた

Herzらの別の研究では、健康な右利きの女性5人を対象に、記憶の評価とfMRIによる測定を行いました。個人的に意味のある記憶につながる匂い・視覚的な手がかりと、比較用の手がかりを用いています。

個人的に意味のある匂いをきっかけに思い出す条件では、ほかの条件よりも扁桃体と海馬の領域で大きな活動が見られ、感情の反応も最も強く評価されました。出典:Herzら(2004)の論文抄録。

5人の参加者によるこの実験は、香りで思い出すときの主観的な感情と、測定した脳の反応を一緒に見た研究です。「懐かしく感じた」という体験を、複数の方法で捉えようとしています。

二つの研究を並べて読む

研究 見ているもの 報告された結果の中心
2002年 記憶を思い出すときの感情や体験の評価 匂いの条件で、記憶の感情的な強さが高かった
2004年 5人の参加者の主観評価とfMRI 個人的に意味のある匂いで、感情の評価と特定領域の活動が大きかった

ここで共通するのは、香りの名前だけでなく、その人の経験との結びつきを扱っていることです。「何の香りか」に加えて、「その人にとって何を思い出す香りか」が、研究を読む大切な視点になります。

日常の体験を振り返るなら、三つの問いから

研究の話を読んだあと、自分の記憶を短く書いてみるのも面白いものです。新しく香りを用意しなくても、思い出せる場面から始められます。

  • どんな場所や出来事が浮かんだだろう。
  • その場面には、誰がいて、何をしていただろう。
  • 景色と一緒に、どんな気分を思い出しただろう。

これは研究の実験を再現する手順ではなく、naturaumからの記録の提案です。答えをきれいにまとめず、浮かんだ言葉を残すだけでも、自分が大切にしている時間が見えてきます。

古い写真とイチョウの葉をそばに置き、思い出をカードに残す手元
場所や出来事、そのときの気分をカードに残すイメージ(AI生成)。特定の研究参加者の体験を示すものではありません。

香りを知ることは、自分の時間を知ること

懐かしさを感じる香りは、人によって違います。自分には特別な台所の匂いが、ほかの人には初めての香りかもしれません。そうした違いを含めて話してみると、香りの会話は、その人の暮らしを知る会話になります。

日常に回復の余白をつくるときも、自分が好きだった時間を振り返ることは、一つの入口です。香りと記憶の研究は、その体験を丁寧に見るための視点を与えてくれます。

研究をさらに読む

Herz RS, Schooler JW. A naturalistic study of autobiographical memories evoked by olfactory and visual cues: testing the Proustian hypothesis. American Journal of Psychology. 2002;115(1):21–32.

Herz RS, Eliassen J, Beland S, Souza T. Neuroimaging evidence for the emotional potency of odor-evoked memory. Neuropsychologia. 2004;42(3):371–378. DOI: 10.1016/j.neuropsychologia.2003.08.009.

関連:香りが脳へ届く道筋/香りの研究を読む入口

研究紹介・編集:naturaum|2026年9月24日。各論文の公開抄録に基づき、研究対象と比較条件を示して紹介しています。画像はすべてAI生成のイメージです。