紙の上に、根から葉まで描かれた一株の植物。その周りを文字が囲んでいます。古い植物の本を眺めると、「この姿を、遠くの誰かにも伝えたい」という仕事が見えてきます。
香りの植物を知る入口として、今回はディオスコリデスの『薬物誌』と、その内容を受け継いだ写本を訪ねてみましょう。花の名前を覚える楽しみが、本と翻訳の歴史へ広がります。
『薬物誌』とは、どんな本?
ディオスコリデスは紀元1世紀に活動した医師です。メトロポリタン美術館は、その著作を植物の特徴、生育する場所、用途などを記した書物として紹介しています。ギリシャ語で書かれた知識は、その後の時代に写され、翻訳されて伝わりました。The Met・『薬物誌』の一葉の解説
ここで面白いのは、一冊の本を「完成した一つの姿」として考えないこと。著者が生きた時代と、今見ている紙がつくられた時代の間には、長い時間があります。その間をつないだ人の仕事も、読む対象になるのです。
13世紀の一葉を、図と文字から眺める
アイキャッチに掲載したのは、同美術館が所蔵する13世紀の写本の一葉です。制作地はイラクとされ、紙に不透明水彩で描かれています。資料番号は65.271.2、縦29.5cm、横20cm。手元の本に近い大きさを想像すると、絵や文字との距離がぐっと縮まります。The Met・作品情報と公開画像
画像では、植物の枝が広がる位置と、文字が続く位置を見比べてみてください。葉や根を描くための場所を確保しながら、説明も一枚に収める。ページ全体が、知識を伝えるために組み立てられています。
図を見るときは、色だけでなく「どこを大きく描いているか」「植物全体をどう配置しているか」に注目すると楽しめます。現代の図鑑と並べれば、絵と説明の関係にも違いが見えてきそうです。

翻訳と書写が、知識の居場所を増やした
カタール・デジタル・ライブラリーでは、大英図書館所蔵のアラビア語版の写本Or 3366も公開されています。資料の説明によると、この写本は1334年11月8日にバグダードで書写を終えたものです。作業を終えた日が伝わると、遠い過去の本にも、一人の仕事の区切りが感じられます。Qatar Digital Library・Or 3366
読み方の違う言語へ伝え、別の土地の読者に届ける。そのたびに、植物の名や説明をどう表すかという工夫が必要になります。香りの名前を日本語、英語、学名で見比べる今日の楽しみも、言葉を橋渡しする営みとつながっています。
デジタル写本を見るときの、三つの視点
- まず一枚を全体で見る。絵と文字、余白の割合を眺め、どこから視線が動くかを楽しみます。
- 気になる部分を拡大する。葉の線、根の形、文字の色など、一つだけ観察対象を選びます。
- 作品情報へ戻る。制作年代、地域、素材、所蔵番号をメモすると、別の写本との比較がしやすくなります。
最初からすべてを読み解こうとしなくても、一枚から十分に楽しめます。「なぜこの配置なのだろう」という小さな問いが、次に開くページを選んでくれます。

今日の植物ノートにも、姿と名前を
本を閉じたら、身近なハーブや精油の原料を一つ選んでみませんか。ノートの左に葉の形、右に名前、下に香りの言葉を書く。描くのは輪郭だけでも十分です。どの部分から香りを取り出すのかを書き添えると、植物と製品の関係も具体的になります。
naturaumのブレンド精油を楽しむ日には、配合されている植物を一つ調べてみるのもおすすめです。好きな香りから、新しい一冊へ。回復する時間に、知る楽しみを少し重ねてみてください。
アイキャッチ:Folio from a Materia Medica of Dioscorides, 13th century, attributed to Iraq. The Metropolitan Museum of Art, 65.271.2. Gift of Mr. and Mrs. Lester Wolfe, 1965. Public Domain.

